ネット上では、既存メディア(特にテレビや新聞)への嫌悪感がベースにあるのか、メディアを通じて「自分たちの行動が操作されること」への強いアレルギーがあるように見えます。
そんな中で、極めて自律・分散型のメディアであり、特定の企業や政府などが、その内容を操作することが、極めて困難なブログというメディアは、特に上記のようなアレルギーを持つ人にとっては、神聖不可侵な聖域といってもいいメディアなのでしょう。
そこに、カネの力でもって、ブログのコミュニケーション内容を操作しよう(=ペイパーポスト)という手法が登場したことが、ペイパーポストに対するブログコミュニティからの皮膚感覚レベルでの反発の原因になったのでしょう。
これは心情的には、よく理解できます。尾崎豊風のベタな言葉でいえば「俺らの解放区を汚い大人やビジネスの連中に汚されたくない!」というような反発も根底に感じ取りました。
しかし、自分たちの意見が、「操作されてしまう」ことへの強いアレルギーや反発があるということは、裏を返せば、「全く操作されてない」純真無垢なブログ記事の存在が、現状で、多数を占めているということを前提にしています。
これは、あえて言えば、ナイーブで純情過ぎる、思い込みでしょう。
10年前くらいですが、ある週刊誌でこのような記事がのりました。
「藤野氏はカリスマファンドマネジャーとして有名だが、外資系の会社に移動したときに大金を手にして、夜は料亭で女遊びの毎日、車はフェラーリで、家は目白の豪邸だ。しかし、彼の友人は笑いながら語る。『藤野さんは下戸で夜、飲み行くことはありません。車は地味なトヨタの車で、家は目白の近くの大塚の賃貸マンションですよ』。しかし、業界ではその友人の話を信じるものは少ない」
凄い嫌な記事でしたね。私はとても気分が悪かったし、ものすごくイライラしました。もちろんこの記事は「友人」の言っていることが正しく、最初の部分はまったくのデタラメです。しかし、巧妙に本当のことをいいながら、「業界ではその友人の話を信じるものは少ない」とあたかも本当のようなイメージを植え付けているんです。
1「ネーム・コーリング」
攻撃対象の人物・集団・組織などに対し、憎悪や恐怖の感情に訴える
マイナスのレッテルを貼る(ラベリング)。
メディアやネットによって繰り返し流されるステレオタイプの情報により、
情報受信者は、徐々に対象に憎悪を深めていく。
2「華麗な言葉による普遍化」
飾りたてた言葉で自分たちの行為を正当化してしまう。
文句のつけようのない・つけずらいフレーズ・正義を強調し、共感を煽り立てる。
3「転換」
さまざまな権威や威光を用いて、自分たちの意見や目的や方法を正当化する、
正しく見せかける。
4「証言利用」
尊敬される・権威ある人物を使って、自分たちの意見や目的や方法が正しいことを
証言・後援させる。
5「平凡化」
自分たちの庶民性や、情報受信者と同じ立場・境遇であることを強調し、
安心や共感や親近感、一体感を引き出す。
6「カードスタッキング」
都合のいい事柄を強調し、都合が悪い事柄を矮小化したり隠蔽したりする。
7「バンドワゴン」
大きな楽隊が目を惹くように、その事柄が、世の中の趨勢であるかのように宣伝する。
情報受信者は、それに従わないことにより取り残される情緒的不安を覚え、
結局はその「楽隊」に同調していくことになる。
第二次大戦中、米国の宣伝分析研究所が情報操作の研究を行った結果編み出した、政治宣伝のための
7つの法則、だそうです。
数年前に見た女性誌、不動産特集のタイトルで「マンションがあれば、愛だけで男を選べる。」というのが秀逸だった。いまだに忘れられない。
101 名無しさん@12周年 2012/01/08(日) 07:51:47.32 ID:E6EG+h8u0 [3/5]
»89
今回の件は「バレてもちょっとのお金で許される」ということを実証。
100億円ごまかして、1000万円の罰金。
オリンパスからしたら笑いが止まらない。
教職員が“いい子”に変わってしまうと一番困る(笑い)。面従腹背の者をクビにするにはいろいろと
理屈が必要になるからです。
今でこそ、豚には負のイメージがつきまとっていますが、もともと日本では豚って良い意味でつかわれる言葉でした。今から1000年以上前の平安時代では、女性の「美人」の基準が今とはずいぶん違っていて、丸顔でふっくらと肉のついた女性がいわゆる「美人」とされていました。そういう時代ですから、美人はしばしば「まるで豚のように美しい」と表現されることがあったそうです。言われた女性もそれを褒め言葉として、受け取っていました。有名な「枕草子」の中にも、「小間使いの男に『あなたは豚のように美しい』と言われ、嬉しかった」というような清少納言の記述が見られるそうです。
しかし、前述したように現在では豚という言葉をポジティブな意味で使うことはまずないですし、さらに悪いことに、平安時代のくだりは全部嘘です。
お菓子のコピーといえば、「それにつけてもおやつはカール」と「やめられない、とまらない かっぱえびせん」が二大王者ではないだろうか。シンプルなのに忘れられない二つの名コピーは、いつ、どのように生まれたのか。
まず、かっぱえびせんのコピーについて、カルビーの広報担当者は言う。
「もともと広島のローカルなお菓子屋さんだったカルビーが全国的に知られるようになったのは、1969年にテレビCMをやったのがきっかけ。『やめられないとまらない』は、CM用に東京の広告代理店が考えたものですが、昔から今までかわらずそう言っていただけるのは、まさにコピー通りにお菓子を上手に作れた私たちの勝利でしょうか」
確かに「やめられない、とまらない」は、ごく普通の日本語だ。うちの母なども美味しいものを食べるときには必ず何でも「かっぱえびせんじゃないけど、ホントに『やめられないとまらない』だね」と言うが、あまりにコピーがハマったからこそ慣用句的に使われるようになったのだろう。ちなみに、このコピーについて、綱島理友の『お菓子帖』で、栗本慎一郎氏が学生時代にアルバイトで作ったコピーだという説があるという記述があるが、定かではない。
一方、カールの誕生は1968年。テレビCM開始は、奇しくもかっえびせんと同じ1969年で、コピーと歌もそのとき作られたという。
「実はカールは、発売からしばらくの間、なかなか売れなかったんです。というのも、当時、お菓子のほとんどが50円というなかで、カールは70円。しかも、当時は味付けにもムラがあり、天敵の湿気がさらに味をおとしました。また、当時のお店や問屋からは『棺桶』といわれるくらい流通用の箱が大きすぎて扱いにくかったんですよ」とIR・広報室の中村さんは言う。
苦戦していたカールが品切れとなるくらいの大ヒットになったのは、まさにこのCMがきっかけだったのだ。そんな名コピーを作ったのは、フリーディレクターの高杉治朗氏。
名作と名高いサントリー・ローヤルのCM「ランボー」のディレクションなどで知られる人である。ところで、「それにつけても」の「それ」は何を指しているんでしょうか?
「『たくさんのお菓子があるけれども、おやつといえばカール』という意味が込められています。どんな話を受けても最後は『カール』に落とし込める、とても便利な言葉だったようですよ」(中村さん)。この思わせぶりなフレーズがいいんですね。
ちなみに、カールおじさんの誕生は1974年4月。最初は「カール坊や」の脇役として後ろのほうに動物たちと一緒に怪しく登場していたが、「後ろのおじさんは何者?」との問い合わせが頻発し、同年7月にめでたく(?)「主役」になったのだとか。カールおじさんの主役抜擢については、社内の一部から「泥棒みたい」という反発もあったそうだ。知ってました?
名前:初代iPhoneキラー『 PRADAフォン 』
キャッチフレーズ:「ドコモにはプラダフォンがある」(山田社長)
発売:2008年6月
結果:ブランド携帯に似つかわしくない大値引き販売の後ひっそり生産終了
名前:二代目iPhoneキラー『 SH-04A 』
キャッチフレーズ:「まさにiPhone対抗」(山田社長)
発売:2009年2月
結果:全く起動しなくなるOSのバグが多数確認、修正パッチやアップデートなし
名前:三代目iPhoneキラー『BlackBerryBold』
キャッチフレーズ:「米国からやってきた、iPhoneのライバル」
発売:2009年2月
結果:発売7日後発熱不具合により販売中止、以降尻すぼみ
名前:四代目iPhoneキラー『 T-01A 』
キャッチフレーズ:「日本の本気。iPhoneキラーの大本命」
発売:2009年6月
結果:「家電批評」誌認定「ワーストバイ・偽iPhoneケータイ」
名前:五代目iPhoneキラー『 HT-03A 』
キャッチフレーズ:「 iPhoneに対する1つめの武器」(山田社長)
発売:2009年7月
結果:「在庫の山」(石川温氏)
名前: 六代目iPhoneキラー『 Xperia SO-01B 』
キャッチフレーズ:「ハードとソフト両面でiPhoneより優位」(山田社長)
発売:2010年4月
さて、「記録に残すことで、イヤなことを忘れる」というのは、出来事の経験を「意味」に直してしまうことで、感情的に落ち着くという方法です。いわば出来事の「面白味」を削って、特徴と対策だけに絞ってしまうことといえます。
そもそも「意味記憶」とは「言語で表記できる」ということ。言葉で書くということは「抽象化」に近い作業なのです。
「イヤなこと」という抽象的な「問題」に対しては、「対処法」があります。ちょうど池袋駅が大幅に改築されても、「西武は東」であることに変わりなく、その点にのみ注意していれば道に迷わないのと一緒です。
「さっき遭遇したイヤなこと」を事細かに思い出していても気分が悪くなってしまうだけですが、「イヤなこと一般」への対処方法は記憶にあります。「イヤな気分」への対処の仕方も脳が覚えているでしょう。20年くらいのデータベースがあれば、出てくるはずです。
つまり、忘れてしまいたいことを経験したら、さっさと記録に残し、「イヤなこと」への機械的な対応策も併記して、抽象化するべきなのです。いやなことは「思い出」ではないのですから、細部まで頭に残して気分を悪くする必要はないはずです。