今でこそ、豚には負のイメージがつきまとっていますが、もともと日本では豚って良い意味でつかわれる言葉でした。今から1000年以上前の平安時代では、女性の「美人」の基準が今とはずいぶん違っていて、丸顔でふっくらと肉のついた女性がいわゆる「美人」とされていました。そういう時代ですから、美人はしばしば「まるで豚のように美しい」と表現されることがあったそうです。言われた女性もそれを褒め言葉として、受け取っていました。有名な「枕草子」の中にも、「小間使いの男に『あなたは豚のように美しい』と言われ、嬉しかった」というような清少納言の記述が見られるそうです。
しかし、前述したように現在では豚という言葉をポジティブな意味で使うことはまずないですし、さらに悪いことに、平安時代のくだりは全部嘘です。
「嫌なことを一生懸命我慢すること」が「頑張る」ことだと長らく思い込んでいたけれども、「頑張る」とは「最良の結果に向けて尽力すること」であって、我慢とは別物であると気づけて良かった。
「自分はみんなにどう思われているんだろう」って考えているときのあなたは、当然「自分のことばっか考えてる人だなー」と思われてます。
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(Reblog from...) Twitter / @fta7 (via igi)
至言だと思う。あと「こんなにがんばってるのに」「分かってくれない」と内心で思っている人は、今相手が見ているものを分かろうとしていない。
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「どうせあいつらはこんなもんだろ」
というのは、日常あらゆるところにはびこる、一つの偏見です。
家庭や学校や職場で、自分が誰かに対して、あるいは誰かが自分に対して口に出そうと出すまいと、やっている「決めつけ」です。
今これを読んでくださってる方で、これまでの人生で誰かから「おまえってこの程度のやつだよな」と決め付けられて嫌な思いをしたことがない方はほとんどいらっしゃらないんじゃないでしょうか。
『世界は感情で動く』(マッテオ・モッテルリーニ・著/泉典子・訳/紀伊国屋書店)
という本に興味深い例が載っています。
<社
会心理学者のジョージ・カトロンとジョーンズはこの把握のゆがみを、プリンストン大学とラトガース大学という、強いライバル意識をもつ両校の学生たちを
使って実験した。彼らはビデオを一本見せられたが、そこに出てくるある学生は、ロックのCDとクラシックのCDから、どちらかを選ぼうとしていた。学生た
ちには、ビデオの学生はプリンストン大学の学生だとか、ラトガース大学の学生だとか前もって伝えておいた>
<
ビデオに出てくる学生はロックのCD,クラシックのCD,どちらを買ったでしょうか。>
そう質問すると興味深い結果が出ました。
<おおかたの学生は、ライバル校の学生たちはビデオの学生と同じような選択をするだろう、つまり音楽の好みはみな同じだろうと答えた。ところが自分の大学の学生となると、好みはさまざまであろうと判断したのだ>
<相手方の人々をすべて均質と考えるメカニズムは、自分の集団に属さないものを劣っていると判断するメカニズムと同じものである。このメカニズムは私たちの気分をよくし、プライドや帰属意識を高め、おそらく自尊心も高めてくれる。
しかしある集団への帰属意識をさらに広範囲に考え、たとえば「人種」にまで広げたら、どんな結果になるだろうか>
これが、いつまでたっても仲良くなれない敵対国同士の終わりのない非難合戦の大きな一因だと私(山本)は思っています。
嫌いな相手をみんな同じような集団「知ってるよ、あいつらなんてこんなもんだろ」と決めつける「病理」(と言ってもいいでしょう)は場所時間を越えてすべての人間に大なり小なりあるのではないでしょうか。
それは少し団体行動をとる機会さえあれば、自分がその攻撃?にさらされて否が応でも気がつくことです。
上に引用した書籍はたまたま心理学関連のものですが、別に心理学など関係なくとも、人間にそいうい現実をねじまげて自分の都合のいい(気分のいい)思い込
みをすることで、他人をないがしろにし、傷つけ貶(おとし)める傾向があることは、誰でもたとえ理屈で分析しなくとも、なんとなく肌で感じられるものでは
ないでしょうか。
家族で、学校で、職場で、そして国家間で。
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(Reblog from...) あつじ屋日記 どうせあいつらはこんなもの(?) (via petapeta)
人はえてしてものぐさというか、「楽」を好みますよね。 自分の外のグループのことは簡単に分からないから、そこに 細かく考察するエネルギーを使うぐらいなら「こうだ」とラベル(時にレッテル) を張った方が「楽」。だから大抵はこのように決めつけるんでしょう。
でも、たとえば職場で、その簡単に分からない他人にも心を配ってる人はかっこいい。
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水を入れて溶くだけでできるケーキミックスは1940年代にアメリカで発売されたが、最初はあまり売れなかった。 その理由は、ケーキというものは祝い事などに作る感情がこもった料理なので、インスタント的な手法で作ったケーキを人前に出したりするのは、恥ずかしかったり、手抜きと思われがちになってしまうからだ。
そこで心理学者でマーケティングの専門家であったアーネスト・ディヒターが思いついたのは、ミックス粉の材料の中から卵の成分を取り除き、料理する時に女性に卵と牛乳と食用油を加えてもらって作れるようにした。そうして、このケーキを作る女性は、「自分でちゃんと作ったケーキ」と認識できるようになって販売数も伸びたのである。
しかし、徹夜の運転手のタクシーが営業してたら怒るくせに、24時間以上寝ていない医者が当直をして患者を診ていることに、なんで誰も疑問の声をあげないのだろう?やっているほうは、怖くて怖くてたまらないのだが。
だいたい東京生まれが12%しかいない東京に,自ら暖かいと言っている地方民が88%も入ってきて,「東京は冷たい」っておかしいだろwwwwwおまえらが冷たくなってんだよ
絶対に他人を悪く言わない友達がいて、なんでそんなに優しいのか?と思って観察したら、単に悪い出来事とか嫌な人に時間を割かない子なんだって気付いて感動した。嫌いな人に夢中になって、悪口を考えたり、それを誰かに話す時間を割くのは確かに無駄でしんどい。